近年、男性の育児参画が推進され、様々な社会的支援も拡充されています。子育てに積極的に関わる男性を『イクメン』と表現しますが、2010年には流行語大賞にもランクイン。現在ではすっかり定着した感があります。
しかし、実際に父親としてどのように子供と向き合えば良いのか、悩む方も多いのではないでしょうか。また、父親に限らず、子供の接し方について苦心する親にも向けて、子供の叱り方や誉め方、やる気の出し方などを識者に伺いました。
今回、インタビューしたのは、大阪教育大学教授 小崎恭弘さん。兵庫県西宮市初の男性保育士として12年間勤務する傍ら、3人の男の子を育てた経験を活かし、「保育学」「児童福祉」「子育て支援」「父親支援」に関する研究・講演活動を積極的に行っていらっしゃいます。
大阪教育大学教育学部学校教育教員養成課程家政教育部門(保育学) 教授
小崎 恭弘(こざき やすひろ)
1968年生まれ。(兵庫県出身)
1997年武庫川女子大学大学院臨床教育学研究科修了
2009年関西学院大学大学院人間福祉研究科後期博士課程満期退学
1991年年西宮市市役所初の男性保母として採用・市役所退職後、神戸常盤大学を経て、現職。
元大阪教育大学附属天王寺小学校長(2022年~2023年)
プロフィール
兵庫県西宮市初の男性保育士として施設・保育所に12年勤務。三人の男の子それぞれに育児休暇を取得。それらの体験を持ちに「父親の育児支援」研究を始める。テレビ・ラジオ・新聞・雑誌等にて積極的に発信を行う。父親の育児、ワークライフバランス、子育て支援、保育研修等で、全国で年間60本程度講演会等を行う。これまで2000回の公演実績を持つ。
NHKすくすく子育て、視点・論点、たすけて極めびと、ビビット,あさイチ等出演
朝日新聞、読売新聞、毎日新聞、神戸新聞等でそれぞれに連載を持つ。
NPOファザーリングジャパン顧問
Yahoo!ニュースオーサー
東京大学発達保育実践政策学センター研究員
兵庫県、大阪府、京都府等様々な自治体で委員を務める。
現代の新しい父親像は家族の幸せを考え実践できること
パパの役割は一つじゃない!本当の『イクメン』になるには主体的に取り組む
ー先生の研究テーマを教えてください。
私は元々、兵庫県西宮で保育士をしておりまして、もう30年ぐらい前ですが、その当時、男性保育士がまだ1%ぐらいしかいなかったんです。また、息子が3人いるのですが、育児休暇を取って育児に関わりました。それも当時珍しいことだと言われました。その2つの経験から、男性が育児に関わっていくことに興味を持って研究テーマとしています。
元々、子供と関わることがすごく好きでした。高校・大学時代には課外活動としてキャンプをしていたんですね。当時、男性が子供と関わるっていうと小学校の先生くらいでしたが、なんか小さい子供の方がすごく面白くて、生き生きしているように感じて。子供の教育に携わるには、どうしたらいいのか?なかなかそういう時代でもなかったのですが、この保育という道を志しました。そうやって私自身、小さい子供と関わることを職業として、結婚して、子供が生まれました。当然、我が子はとてもかわいいと感じました。
ですので、自分の手で我が子を育てようと思ったのですが、けれどもそれが当時、自分が想定してた以上に社会的に珍しかった。先ほど申しましたが、男性保育士は1%もいなかった。すごく社会の中で話題になったり、注目を浴びたり、私からすると当たり前のことだったんですが。自分の手で自分の子供を育てるけど、それがこの社会にはすごく特別なことであるということに気づいて、多くの男性・父親に子供と関わる素晴らしさとか、楽しさとか、面白さっていうことを伝えたいなと思って、この研究テーマを選んだといいますか、もうライフワークですね!
ー『イクメン』という言葉もだいぶ一般的になってきました。それが浸透してきた時代背景とは?
この『イクメン』という言葉は、2010年の流行語大賞に選ばれたんですね。この時は、つるの剛士さんが受賞されました。私は面白い言葉だなと思うんですよね。『イクママ』とは言わないわけですからね。また、『ワーキングマザー』はあるけど、『ワーキングファザー』はない。
このように、世界全体の中で男性・女性という役割がある程度明確になっていったり、決まっていった文化があります。人々の意識もそれが当たり前であると捉えていました。最近、アンコンシャスバイアスという言葉がよく使われますが、無意識や思い込みでいろんな差別に繋がっていくという意味です。文化の背景として常識とされていたことが、この社会の変化、多様化の中で見直されてきているのかなと思います。
ちなみに日本にはすごく面白くて、昔から育児をする男性を指す言葉があるんですよね。これをいろんな講演会で言うと、みんな「何ですかそれ?」って言うんです。わかりますか?
ーえ?何ですかそれ?
父という言葉です。そういう意味では、親が子供を育てていくのは当たり前のことなのですが、特に高度経済成長の中では、それが当たり前ではない時代、社会の背景がありました。しかし現代では『女性の社会進出』や『働く母親』、まさに『ワーキングマザー』が増えてきました。と言うよりも、共働き家庭が増えたと言った方がいいかもしれませんね。
そのような社会の変化の中で、父親にも子育ての役割とか責任が求められてきたということです。それが『イクメン』の一つの社会的背景です。同時に、父親自身がやっぱりこの育児の楽しさとか、家族やパートナーの素晴らしさや大切さに今ようやく気づいてきたと思います。
『イクメン』という言葉には、ちょっと誤解があります。自分の責任や興味から自発的に育児をしてる人にとっては「嫌々やらされているようだ」と不評です。やっぱり子供を育てていく責任と覚悟を持つ人を、私は『イクメン』ではないと思っています。また最近、『偽イクメン』なんて言う言葉も出てきています。「形だけのパパ」だったり「オイシイところだけ持っていくパパ」という意味です。これはこれでママたちの批判を浴びていますので、そういう意味では、父親自身がいくつもの大変さを感じながら、喜びも感じるようになっていくことが大切だと思いますね。
ー現在の日本における父親支援の仕組みや課題は?
平成2年に厚生労働省から、厚生労働科学研究費補助金という研究費が出るようになりました。審査を受けて研究者がお金をもらうのですが、厚生労働省は研究者ではなく国がテーマを決めています。その中で当時、父親支援というテーマが初めて出ました。つまり国自身も父親の育児を様々な視点から推進しようとしていることが伺えます。これは先ほどの社会背景の中で、女性の労働力、子育て環境の充実、あるいは家族をもう少し大切にしようという取り組みです。国はこの父親支援に投資をしようとしています。こども家庭庁も男性の育児をすごく熱心に捉えて様々な取り組みをしています。
また、自治体やNPOにもお父さん向けのプログラムがたくさんあります。私も協力させていただいた全国調査でいろいろなプログラムを分析すると基本的に3パターン。「食べる」「作る」「遊ぶ」が多いですね。父親が気軽に参加できそうなイベントだと考えると、これ自体は決して悪くないのですが、ちょっと穿った見方をすると、ずっと父親をお客さん扱いしてる感じがしますよね。入口としては具体的に子供と一緒に何かをするということで、わかりやすさがあるからすごくいいんですけれど、いつまでもお客さんにしていると、そこからの発展とか、父親の主体的な活動というのはなかなか進まない。
近年、三重県四日市市や愛知県岡崎市では、マイスター講座という父親が主体となり連続講座を受けて、また父親同士が繋がろうという仕組みが出てきています。まだ父親の育児支援にはいくつかのステージがあって、ようやく入口から次の段階に、つまり、父親が参加する段階から父親が主体となるタイミングに変化していると思います。まだまだ事例は少ないんですけどね。
ー実際に父親はどのように子供に接したらいいのでしょうか?
父親と子供の年齢によって異なりますが、父親の育児はいろいろあるんです。無論、直接子供と関わっていくのも父親育児の一つ。それからご家庭によってはまだまだ母親が育児の中心であるとなったら、今度はその母親を支えていくのも父親の役割だと思います。家族や家庭、子供、夫婦の関係性、思考、働き方、価値観などによってもいろいろ変化していきます。子供のおしめを替えることももちろん父親育児の一つですが、それだけではないはずです。
それって何かというと、家族が気持ちよく過ごしていけることだと思うんです。これは父親・母親関係なく大事なことだと思います。今、私は家庭科の教員養成をしていますが、社会はまだまだ育児が母親中心のものっていう文化とか仕組みがある中で、やっぱり父親が小さい子供との関わりや経験が少ない。実は今、母親も少ないんですけどね。ですが、父親が母親と一緒に学んでいくとか、いろんな情報を集めるとか、父と母が一緒にゆっくり取り組んでいくことが大事だと思います。でも今度は反対にちょっと力が入りすぎて、頑張りすぎて疲れていく父親が出てきたり、母親との関係性が悪くなってしまったりというエピソードもよく聞きます。それは決していいことではないと思いますので、関西弁で「ぼちぼち」取り組むのがおすすめです。極端でしょう、男の人って。力を入れるときと、そうでないときは。
ー今の現代社会にはたくさんの情報があります。子育てに関する情報の選び方に正解はある?
情報は自分から求めていくと、いくらでも手に入りますし、特に自分の興味関心があることに対しては正解を見つけようとするんですよね。でも子供の育ちには基本的に正解はないんです。
それはなぜかというと、子供が100人いたら100通りの育ち方があるし、個性があるからです。ある一定の情報はいいと思うんですが、最終的には親が「これでいいか」と納得したり、楽天的な視点を持つことが重要です。要は家族の中で合意形成や納得ができることが大事だと思います。私は去年まで、大阪教育大学附属天王寺小学校の校長をしていました。すごく熱心なご家庭が多かったのですが、明確なゴールや成功というのは家庭ごとに違いましたね。
あまり情報に左右されすぎないようにするのも大事なことです。大事なのは目の前の子供を見ること。子供自身の希望を聞くことがすごく大切だと思うんです。様々な問題に対して、これからどうしたらいいとか、何がいいとかを意識しながら、家族で考えて、子供にマッチさせていくことです。
子育てとは社会で起きていることを子供に全て伝えること
ー子供に対して夫婦のパートナーシップはどのように見せる?
子育てはこの社会に起きていることを、子供に全て伝えることだと思っています。だから、いいこともあれば悪いこともある。親って面白くて、親になったら急に「清く正しく」みたいになりますよね。それは当然の気持ちだと思うんです。例えば「うちでは子供を叱らない」とか聞いたりしますよね。もちろんそのこと自体は否定しないんですが、世の中の人が全員叱られない社会だったらそれでいいと思います。残念ながら何かで叱られたりあるいは不条理や不合理なことがあるのも世の中の一つの姿だと思うと、やっぱり子供には教えていく必要があると思っています。
この社会のあり方を伝えていくときに、やっぱり父親と母親の役割は、2人いるなら2人が違う役割をしたらいいと思います。2人目の母親という役割になっている父親は、ちょっともったいないと思うんです。夫婦で子育ての価値観は根底で共有しておくことが大事ですが、その根底の上に乗ってくる子供に対しての関わり方や対応はそれぞれ違う方が豊かだと思います。それなのに何でもママの言う通りにパパと動いてしまうっていうのは、せっかく2人異なる大人がいるのに、バリエーションの発展がない。
となると、パパはあえて対角に入っていく。例えばパパと子供が外で遊んで、大きく元気にダイナミックに関われば、すごくレパートリーの幅が出てきますよね。ですので、価値観とか関わりの多様性を夫婦で話しながら、意識的に子供に伝えていくようなパートナーシップがあったらいいなと思いますね。
ー夫婦で喧嘩をしてしまうこともあります
繰り返しとなりますが、この世界にあるいろんなことを伝えていくのが子育てで大事なことで、そこには夫婦の喧嘩も存在すると思います。ただしお互いに手を上げるのは絶対ダメ。それを子供に見せるとか。あるいはもう無茶苦茶暴言を吐くとか、大きい声を出しまくるとか。それはもう一つの虐待になってしまうから、絶対そこはダメ。でも夫婦であればお互いカチンとくる言い方とか、思いが違うっていうことは、人の営みでやっぱりあるじゃないですか。
だから喧嘩をしてもいいけど、大事なのは仲直りまでの過程を子供に見せてほしいと思うんです。子供が見ている所で、ちょっと落ち着いたときに謝ったり、2人で話し合いをしていく。人は時としてうまくいかないことや行き違いがあるけれど、きちんと話し合いをしたら乗り越えていけるということまで見せるてあげる。とすると、夫婦喧嘩をしたとしても、最後には解決できると伝えられるので、意味があるなと思います。
ー男性がすることと女性のしてほしいことにズレも感じます
実は講演会をしてもこの質問がすごく多いんです。やっぱり夫婦とか家族のことって、他人を見てもわかりません。家族ってブラックボックスです。一つは子育てに関するパパ友やママ友が作れたら相談ができて良いと思っています。
もう一つママたちの相談で多いのが、パパにいろんなことを直してほしい、やめてほしいということが多いです。私が「パパに直接言ったら?」と提案すると、「聞いてくれない」「不機嫌になる」という回答が多いです。ちょっと考えないといけないのは、やっぱりそういう夫婦の関係性を作ったのは無論パパも悪いけど、ママも悪いと思っています。そう言う場合、「ちゃんと話し合う文化を作って」とお願いします。
夫婦って意外にちゃんと話さない。だからそういう意味では、これは気付いた人しか変えられません。ちゃんと自分の思いとか、あるいは子供にとってはこれがいいとか、私はあなたのここが嫌でとても我慢してるっていうことを話し合いましょう。
具体的には、まず、パパが帰ってくる前に家を片付けます。そして子供を寝かせます。テレビを消して、ちょっと照明を落とします。パパが帰ってきたタイミングで、ちょっとそこに座ってくださいという流れです。パパにとっては恐怖以外の何物でもないですが(笑)
何これ?いつもと違うぞ?と思ってもらうのが大事です。これは子供と関わるときもそうですが、もう家がぐちゃぐちゃで子供がワーワー言っている中で話し合いなんかできない。ちゃんと話をする環境や状況を作ってゆっくりと2人で話をしていくことが大事です。
ー共働きの家庭も増えています。上手なワークライフバランスの取り方は?
家族のあり方や子育てのあり方は、基本的に個人の自由です。先ほども言いましたが、こうじゃないといけないとか、明確な正解はありません。特に日本は同調圧力とか社会の理想とされる家族モデルや夫婦モデル、子育てモデルが強くあリますから、そこから外れてはいけないみたいな思いがありますが、私は夫婦で独自に作っていけばいいと思っています。
今の一つのスタンダードは、家族がともに働き、ともに育てることです。それをベースとしながら、働き方や子育てのあり方、夫婦や家族のあり方を戦略的に考えた方がいいと思います。上手く世の中の制度やシステムを使っていくことです。そのために、夫婦が作戦や戦略を立てていく。今だけの戦略じゃなくて、将来に向けて、ショートスパン・ミドルスパン・ロングスパンの3つの視点が必要です。
例えば、結婚や出産で仕事を辞める女性って、まだまだ働く女性の半分以上いるんです。そのことが別に悪い訳ではありませんが、辞める前に育休を取ったり、あるいはいろんな制度を利用して仕事を続けていくっていう選択と比較をして選んでいくことが大事だと思います。様々な情報と比較したりモデルを見たりしながら、自分のオリジナリティを考えていく必要があると思いますね。
ー育休システムの普及についてや課題は?
27年前、私が育休を取った時は、男性の育児休暇取得率は1%でした。育児休業法って実は平成3年からあります。当然、男性も取れるんですけど、未だに「本当に取れるんですか?」なんて言う人がいます。やはりそういう仕組みとか制度って、あまり意識されてこなかったんですね。それで取得率がずっと低迷していたんですが、国が男性の育児休暇を推進するということで、数値目標を13%としました。なかなかその13%を達成できなかったのですが、一昨年(2022年)に13%を達成して、去年(2023年)の一番新しいデータが17%です。自分のときから比べると、もうすごい数字だと思う反面、女性の育休取得率が大体85%。高いときは90%を超えてるんですね。ここでやっぱり政府が問題にしたのは2つあって、1つは取得率の差があまりにも大きい。
それからもう1つが、もうちょっとデータを丁寧に見ていくと、取得期間というのがあります。女性は産前産後休暇が終わった後の8ヶ月の期間で、大体10ヶ月から1年くらい休暇を取っています。でも男性の休暇取得期間は1ヶ月未満が9割です。中には1日しか取っていないという男性もいるんですね。少なくても取れるのですから悪いことではないのですが、この圧倒的な差を埋めようということで、一昨年、国は制度を大きく変化させて、産後パパ育休制度を新しく作りました。これはパートナーが出産してから8週間以内に、男性が4週間の休暇を2回に分けて取れるという、画期的なものでした。
この少子化対策の中で、国はもう使えるものは全部使うという姿勢です。今までの子育ては家族のものでしたが、そこに明確に企業と社会を入れ込んで、家族、企業、社会の三本柱で本気で取り組んでいます。気をつけなければいけないのは、男性の育児休暇が象徴的に捉えられていますが、全員が取らなければいけないものではありません。上手く活用する人や、いや仕事を頑張りますという人がいてもいい。夫婦や家族で話して決めていってほしいなと思いますね。
ー先生が考える現代の新しい父親像は?
私は明確に父親はこうあるべきだと全然思いません。専業主婦が生まれたタイミングは高度経済成長期だと言われています。労働力が都市部に集中していく中で必要となったものが2つあり、1つは栄養で、1つは休息であると。それを提供していくためのシステムとして専業主婦が生まれました。
このような専業主婦像が幸せモデルとして、大きな価値観を持っていました。だからある意味楽ですよね。父親は仕事をして、母親は家で家事・育児をしていく。それで社会が幸せであった。今見たときに、これだけ価値観が多様化し、社会のシステムが高度化・複雑化していったら、自分たちの幸せさえもよくわからないときがありますよね。と思うと、やっぱり父親は、自分たちの幸せってどういうことなのか?自分たちはどういうことを大切に生きていくのか?ということを真剣に考え、話し合い、実践できる人が新しい父親像ではないかなと思います。
私は小さなNPO法人ファザーリングジャパンの顧問もしていますが、ここにはいろんな人がいます。専業主夫もいますし、シングルファザーの方もおられる。みなさん、理想の父親像を探し求め、いろんなことを話し合ったり、協力したり、悩んだりしています。そういう中で、自分が納得できる父親になることが、現在の父親像とも言えると思います。
子供の上手な叱り方・褒め方とやる気を育む方法
大切なのは親のハードルを下げること
ー子供の叱り方に苦労している保護者もたくさんいます
2014年に「男の子の 本当に響く 叱り方ほめ方」という本を出版させてもらったんですが、Amazonで全体2位まで行ったんです。もう少しで10万部に到達しそうなのですが、達成したら名刺に作家って入れようと思っているんです(笑)。冗談はさておき、この本がたくさんの反響をいただいた理由は、男の子っていうところに特化したところと、あとやっぱり叱り方や褒め方はすごくみんな悩んでいて、そこにフォーカスを当てられたというところが大きかったです。
まず、叱る・褒めることですが、日本には昔から子供と関わる多様な方法があります。なだめすかし、褒め、叱りです。やはり多くの人は叱るのが苦手なんですよ。なぜかというとやっぱり、子供が何かいけないことをしたときにそれを制止したりやめさせたりするのは、感情がネガティブな方に繋がっていくからです。叱る側もしんどさとか心に何かドーンと嫌な感じのものが残ります。
叱ることは、まず3つの条件がないと成立しません。一つは、関係性があること。きちんと関係性がある中で言われるから成立します。それは例えば皆さんのお仕事でも、直属の上司ではなくどこかの部署の知らない課長に叱られたとしたら、何であなたに?って思いますよね。関係性がないとか命令系統が違うっていうことですよね。だから、まずその関係性があるかどうかを考えましょう。
もう一つはメッセージがあるってことなんですよ。それ今やめないといけないよとか、ちゃんと食べないといけないよとか、静かにしないといけないよとか。叱るためには、こちらからの思いが明確であることです。そして最後にゴールがあります。ちゃんと食べたから偉いねとか、静かにしてちゃんとできてるよねというような目標です。この3つがあって初めて叱るが成立できる。特にパパなんかは、なかなか難しい。今ひとつ関係性がない中で、ガミガミ言ってしまうと「叱る」ではなく「怒る」になってしまうんです。
怒るというのは、今言った3つの条件に該当しません。こちらの感情の爆発であり、メッセージとかゴールの設定はない。叱るのは子供のため、怒るのは自分のためと、私は区別をしています。これを言うと多くのパパやママは「私怒ってばっかりでちゃんと叱っていませんでした」と反省しますが、「いやいや子育ては、この社会に起きてることを全て話し伝えることだから、怒ってもいいのよ。ただ絶対に手を上げるとか、過度に怒り続けるのはやめてね」って返してあげています。だから、怒ると叱る両方あってもいいし、もちろん叱ることで子供たちの行動を変化させたり、価値観を伝えていくっていうことが大事です。
ー逆に褒め方も難しいと思います。民族性なのか日本人は褒めるのが下手?
褒めることも上手くできていない人が多いように感じます。それはなぜかというといくつか理由があって、一つは自分があまり褒められた経験がないから。今おっしゃられたように、日本の文化は、自分をへりくだって低く見せることで相手を上げる謙譲の文化があります。例えば、最近はあまり聞かなくなりましたが、奥様を紹介するときに愚妻と言います。子供は愚息です。愚かな妻、愚かな子供ですよ。そんなことをいう必要あるかなと思いながらも、それが美徳であるとされます。
例えば、私の妻の実際の話です。算数が苦手な次男がテストで96点を取ったのですが、妻は「どこ間違えたの?」と言ったのです。でも妻の気持ちは理解できました。「もうちょっとで100点だったのに」と。まさに日本的だなと。パーフェクトを求めていく。そういう意味では、褒めることは、日本の文化、社会の中ですごく特別なことなんです。100点を褒めるのは簡単ですが、50点でも半分取れたよね、頑張ったよねって言ってあげたらいいけど、実はなかなか親のハードルが高いんです。
だから、子育てって基本的には上手くいかないと思って、自分のハードルをぐっと下げていくことも必要かなと。子育ての意識とハードルが高い人は上手く行っている時はいいんですが、反対に上手く行かなかったときに、そのギャップが大きいから傷つくんですよ。時には自分を責めてしまうんですが、ハードルを下げておいたら子育てが上手く行ったときにそのことがすごく嬉しいし、子供を褒められる。上手く行かなくても元々ハードル低いから、罪悪感を抱えることも少ない。自分で子育てのハードルを低くして、少しのことでも子供を認めてあげたり、褒めてあげたらいいんじゃないかなと思います。
ー叱り方や褒め方に男の子と女の子って違いがある?
まず、この時代や社会の中で、男の子だから女の子だからと言って、いろんなことを判断したり差別したり区別する人はいないと思っています。この前提がありながら、男の子と女の子が全く一緒かっていうと、これは保育をしていて、小学校の校長をしていて、やっぱり違いはあると思います。だから一つの違いとして、精査することはあります。
その精査というのは、社会から求められるものの違いもありますから、それを意識して育てていくことも大事だと思います。だから単純に男だから女だからではなく、その子一人ひとりの違いを理解していく中で、男の子の特性、女の子の特性あるいは男の子として期待されること、女の子として期待されることがあるよねという理解を親が持っておく必要があります。
子供のやる気をアップさせるには家庭環境の改善に取り組もう
ー子供のやる気を育てる教育の実践方法は?
まず、親のやる気と子供のやる気がイコールではありません。子供って特有の価値観とか行動様式を持っています。親御さんも昔は自分が子供だったから同じ価値観を持っていましたが、それを全て忘れて親の価値観を押し付けてしまうことがあります。親の思う方向のやる気以外は認めないとなると、子供のほとんどは上手く自分の中で取捨選択はできません。
子供は目の前にあることや、自分の経験したことの中でしかやる気が起こりにくいのですが、親御さんはできるだけそのような経験や体験を広げてあげて、子供が何か取り組もうとするときに支えてあげたり、声をかけてあげたりすることが大事だと思います。
気をつけなければいけないのは、今、家庭で「しんどい合戦」が起きているのではないかと心配しています。どういうことかというと、共働きって大変だと思うんです。それでママが仕事から帰ってきたら、ずっと文句を言ってる。パート先の店長が、お客さんが、時給安い……。今度はパパが帰ってきて、部長が、クライアントが、仕事が終わらない……。
その夫婦2人の中で、子供は自分だけ楽しいことがあったなんて言えない。そうしたらやっぱり子供も自分のしんどさを吐露していくようになります。あれが嫌、友達がこうで……。これが家族の「しんどい合戦」です。この勝ち方は一番しんどさをアピールした人が勝利。大変だったね、ゆっくりしてねというご褒美がもらえる中で、子供のやる気は育たないと思います。
ー非認知能力をはじめ子供に求める能力も変わってきています。これに対応する現場の先生たちも大変?
おっしゃる通り現場の負担は大きいです。ただ、私は様々な先生を見てきて、保育でもそうですが、最終的に人間力が問われます。小手先のテクニックや技術ではなく、その子供に対して自分の生き方とか、価値観っていうことをちゃんと伝えられて、話ができる人が求められていると思います。当然、アクティブ・ラーニングであったり、ICTであったり、STEAM教育であったり、先生もいろんなことに取り組んでいますが、その本質は人が人に物を伝えていくこと。本質は昔となんら変わらないと思っています。教育、保育の本質は基本的には一緒だなと思います。
ー最後に子育て中の親御さんにメッセージを
今、子育ての大変さということが、すごく社会の中で課題になったり話題になったりしています。それでも親として自分の子供と過ごす時間は有限です。私も子供たちが大きくなって今はもう老夫婦2人の生活です。今はメダカしか相手にしてくれないと思うと(笑)、やっぱり今子供が目の前にいる時間と場を大切にしてほしいと思います。必ず子育ては終わるものです。今は大変かもしれませんが、一生懸命関わることがまた親としての成長であったり、人としての成長に繋がっていくし、子供との関係性も強くなっていくと思います。今はただ子育てを楽しんでほしいと思います。