世界各地で「教育格差」が深刻な問題になっています。日本における教育格差も例外ではなく、近年、この問題が大きく叫ばれています。
2021年、流行語大賞にノミネートされた「親ガチャ」という言葉は記憶に新しいと思います。子どもがどんな親のもとに生まれるのかは運任せであり、家庭環境によって人生を左右されることを、スマホゲームの「ガチャ」に例えたインターネットスラングです。
このような皮肉を込められたワードからも、社会問題化していると言っていい教育格差。ここでは、日本で教育格差が生まれてしまう原因やその現状、国や自治体が行う教育格差の是正に向けた取り組みについて解説します。
教育格差とは生まれ育った環境による教育の不平等
そもそも日本では、日本国憲法第二十六条に「すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。」と宣言され、教育基本法第四条にも「すべて国民は、ひとしく、その能力に応じた教育を受ける機会を与えられなければならず、人種、信条、性別、社会的身分、経済的地位又は門地によって、教育上差別されない。」と定められています。
もちろんご存知の通り、日本では義務教育制度が整備され、その就学率はほぼ100%です。高等学校等への進学率も、2020年の文部科学省の調査で98.8%と高い水準にあります。また、諸外国に比べても、その施設や教材等が著しく不足していたり、劣っているということもなさそうです。
それでは、なぜこのような問題が提起されてしまうのでしょうか?これは単に表面上の平等や一律、均一について議論されているわけではなさそうです。まず「教育格差」という言葉を詳しく定義しましょう。
「教育格差」とは、子供本人が変更できない初期条件である親の学歴、世帯収入、職業などの社会的、経済的、文化的な要素を統合した「社会経済的地位(Socioeconomic status, SES)」や出身地域といった「生まれ」によって学力や最終学歴などの結果に差があることを意味する。
引用元:財務総合政策研究所「新型コロナウイルス感染症と日本の経済社会」調査研究報告書
「教育格差」を研究テーマとされている龍谷大学 松岡 亮二准教授は上記のように定義しています。つまり、学歴や教育成果による就職のしやすさや収入の格差ではなく、子どもが変更できない初期条件である「生まれ」により、教育成果に格差や不平等が生まれることを指します。
教育格差の原因は様々ですが、主に以下の点が挙げられます。
それぞれ順に解説します。
家庭の経済格差は子どもの学力に影響
教育格差の最も大きな原因の一つは、経済格差です。経済的に余裕のある家庭の子どもたちは、学校以外に学習塾や習い事に通ったり、教材やITデバイス等の学習環境を整えやすい傾向にあります。
実際に、2018年にお茶の水女子大学が発表した論文「保護者に対する調査の結果と学力等との関係の専門的な分析に関する調査研究」では、「概ね世帯収入が高いほど子供の学力が高い傾向が見られる」「保護者の最終学歴については、学歴が高いほど子供の学力が高い傾向が見られる」と、親の年収や学歴は子どもの学力と関連する傾向があるとしています。
地域によって教育環境に差が出る
地域格差も教育格差を生み出す要因となります。都市部と地方では、教育資源や教員の質、学校施設などに差がある場合が多く、地方の子どもたちは不利な状況に置かれていると言われています。また、学校以外の塾や習い事の種類や数にも差があります。都市部の方が、選択肢が多く、質の高い塾や習い事に通いやすい一方、地方では選択肢が限られている場合が多いと思われます。
前述したお茶の水女子大学の論文では、「大都市では、学校ごとの学力の違いが大きく、これはその学校にどのようなSESの子供が通うかにより強く規定されている。一方、小規模地域では学校ごとの学力の違いは学校平均SES以外の要因により規定されていると解釈できる」とし、大都市ほど学校間の格差が大きくなる傾向にも言及しています。
教育格差による社会的影響
教育格差が進むと様々な社会的影響が予想されます。ここでは貧困の連鎖と社会的損失について解説します。
それぞれ順に解説します。
貧困の連鎖を抜け出すことは難しい
「生まれ」の初期条件から生じる教育格差は、子どもの学歴を左右し、将来の職業(就職率・就業形態・収入など)にも影響を及ぼします。
- 親の収入が低い
- 子どもに教育格差が生じる
- 子どもが進学・就職の面で不利になる
- 子どもが職業・収入の面で不利になる
- 親となった子ども世代も貧困となる
上記1から5をループして抜け出せなくなるのが、貧困の連鎖と呼ばれる概念です。親となった子ども世代も貧困となれば、その子どもたちにも再び困難が訪れることが予想されます。この世代を超えた連鎖を抜け出すことは容易ではありません。
社会的損失は40兆円?
子どもの貧困を自己責任として放置することは仕方のないことなのでしょうか?三菱UFJリサーチ&コンサルティングの小林 庸平氏の調査によると、将来的な社会的損失は40兆円超に達する可能性があるとのこと。
子どもの貧困を放置してしまうと、社会の支え手が減ると同時に、社会に支えられる人が増えてしまうため、めぐりめぐってそのコストを社会全体で負担しなければならない。その結果、他の人がより多くの税金を負担しなければならないか、さもなければ社会保障や教育、インフラといった公的サービスの切り下げを甘受しなければならない。
引用元:三菱UFJリサーチ&コンサルティング/子どもの貧困の放置で生まれる社会的損失は40兆円「投資の視点」で対策を
これが子どもの貧困を放置することによって生じる「社会的損失」である。
貧困やその連鎖は、個人ではなく社会の問題として解決する必要があり、ゆくゆくは社会全体でそのコストを負担せねばなりません。決して他人事ではないと言えるでしょう。
教育格差を解消するための日本での対策
教育格差は、日本の社会問題であり、解決には長期的かつ多角的な取り組みが必要となります。全ての子供たちにより公平で質の高い教育機会を提供できるよう、政府や自治体がどのような取り組みをしているのか紹介します。
それぞれ順に解説します。
児童手当
児童手当は、児童を養育している方に支給される手当です。児童の年齢や所得に応じて支給額が異なり、原則として中学校修了まで(15歳の誕生日後の最初の3月31日まで)の子供を対象としています。
支給額
児童の年齢 | 児童手当の額(一人あたり月額) |
---|---|
3歳未満 | 一律15,000円 |
3歳以上 小学校修了前 | 10,000円 (第3子以降は15,000円) |
中学生 | 一律10,000円 |
児童手当は、所得制限を設けて支給されます。世帯年収が960万円以上だと減額され、1,200万円を超える世帯には給付されません。児童手当を受けるためには、市区町村に申請する必要があります。申請方法は、市区町村によって異なりますので、詳しくは市区町村の窓口やホームページでご確認ください。
2024年10月から児童手当が拡充
2024年10月から、児童手当が拡充されます。主な変更点は以下のとおりです。
- 所得制限の撤廃
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今回の法改正では「すべての子どもの成長を支える観点」から所得制限が撤廃され、全ての家庭が児童手当を受けられるようになります。
- 支給対象年齢の引き上げ
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支給対象年齢が高校生まで引き上げられます。高校に通っていなくても、保護者と生計が同一であることなどを要件に「18歳の誕生日を迎えた最初の3月31日まで」支給される見通しです。
- 第3子以降は現行の15,000円から30,000円へ倍増
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第3子は、0歳から高校卒業まで30,000円支給となる見込みです。第3子のカウント方法も変更されます。現行では第1子が高校を卒業すると第3子が第2子に繰り上がり、増額対象から外れる仕組みになっていますが、第3子が加算を受けられる期間を第1子が22歳になった年度末まで延長する見通しです。
上記は現時点の情報であり、詳細については市区町村窓口や厚生労働省ホームページで随時ご確認ください。
幼児教育の無償化
幼児教育の無償化は、2019年10月から開始された制度で、3歳から5歳までの全ての子供を対象に、幼児教育・保育施設における保育料が免除されます。
- 幼稚園
- 保育所
- 認定こども園
無償化にかかる費用は、すべて国が負担します。保護者は、保育料以外の費用(給食費、教材費など)を負担する必要があります。無償化を受けるためには、市区町村に申請する必要があります。申請方法は、市区町村によって異なりますので、詳しくは市区町村の窓口にご確認してください。
高等学校等就学支援金制度
高等学校等就学支援金制度は、家庭の経済状況によって高等教育を受けることが困難な生徒に対し、国が授業料等に充てるための就学支援金を支給することにより、高等学校等における教育に係る経済的負担の軽減を図り、もって教育の実質的な機会均等に寄与することを目的とした制度です。
所得制限を満たす高校生のいる世帯が対象で、世帯の所得に応じて、年間11万8,800円~39万6,000円が支給されます。高等教育の費用負担が軽減されることで、より多くの生徒が高等教育を受けることができるようになり、将来の選択肢が広がることことが期待されます。
高等教育の修学支援新制度
2020年4月から開始された高等教育の修学支援新制度は、経済的理由で進学を断念している人々を支援する制度です。一般的には「大学無償化」として知られています。
授業料・入学金の免除または減額と、返還を要しない給付型奨学金の大幅拡充により、大学、短期大学、高等専門学校、専門学校を無償化する方針としています。
給付の条件は、世帯収入の要件を満たしていること、学ぶ意欲がある学生であることが必要です。その他支援対象要件の詳細や支援金額については、文部科学省等のホームページからご確認ください。
まとめ
教育格差は、日本の社会にとって大きな課題です。政府や自治体、民間企業、そして私たち一人ひとりが協力し、より公平で質の高い教育機会を全ての子供たちに提供できるよう努力していくことが求められています。