近年、教育現場で注目されているPBL。従来の画一的な授業とは異なり、生徒自身が課題を見つけ、解決に向けて主体的に取り組む教育法です。
しかし、どのように取り入れたり活用したりするか、具体的なイメージが湧かない方も多いのではないでしょうか。
そこで今回は、PBLの基礎知識をわかりやすく解説するとともに、PBLがどのように実施され、どのような効果をもたらすのかをわかりやすく解説いたします。
PBLとは?アクティブ・ラーニングの一種で実践的な学習方法
PBLはProject Based Learningの略称で、日本語では「課題解決型学習」や「問題解決型学習」などと訳されます。生徒が自ら課題を見つけ、解決に向けて主体的に取り組むことで、問題解決能力や探究心などを育成することを目的とした教育法です。1990年代初頭にアメリカの教育学者John Dewey氏によって提唱され取り入れたとされています。
従来の授業では、教師が一方的に知識を伝え、生徒はそれを暗記するという形式が一般的でした。しかし、情報化社会やグローバル化が進む現代においては、知識を暗記するだけでは対応しきれない時代になっています。
PBLはアクティブ・ラーニングの手法の1つで、日本では文部科学省によって教育現場への導入が推進されています。ここでは、その目的や導入の背景、実践例などをわかりやすく解説します。
それぞれ順に解説します。
文部科学省のPBL推進背景
現代社会は、グローバル化や情報化が進展し、変化のスピードが格段に速くなり複雑化しています。従来の知識偏重型の教育では、このような変化に対応しきれない人材が生まれてしまうのでは?という懸念がありました。下記は文部科学省が定義するアクティブ・ラーニングです。
教員による一方向的な講義形式の教育とは異なり、学修者の能動的な学修への参加を取り入れた教授・学習法の総称。学修者が能動的に学修することによって、認知的、倫理的、社会的能力、教養、知識、経験を含めた汎用的能力の育成を図る。発見学習、問題解決学習、体験学習、調査学習等が含まれるが、教室内でのグループ・ディスカッション、ディベート、グループ・ワーク等も有効なアクティブ・ラーニングの方法である。文部科学省:アクティブ・ラーニングに関する議論
このように、変化に対応できる人材を育成するために、自ら学び、考え、行動できる 人材を育成することが重要だと考えられるようになり、アクティブ・ラーニングが注目されるようになりました。そのため、文部科学省は、社会の変化への対応、国際的な潮流への対応、高等学校改革への対応などの理由から、PBL教育の推進に力を入れています。
PBL型授業は2種類あり目的にあった方法を選択する
PBL型授業には、「チュートリアル型」と「実践体験型」の2つの種類があり、それぞれ異なる特徴とメリット・デメリットがあります。それぞれの良さと課題を理解し、授業の目的に合った方法を選択することが重要です。
チュートリアル型
チュートリアル型PBLは、少人数のグループで問題解決に取り組む学習方法です。グループワークやディスカッションを通して、協調性やコミュニケーション能力を育むことができます。下記で解説する実践体験型PBLと比較すると、実践的な経験を積む機会が少ないというデメリットがあります。しかし、準備の手間が少ないことや、教室内で完結できることから、学校の授業で多く用いられる手法となっています。
実践体験型
実践体験型PBLは、実際に現場に出向き、課題解決に取り組む学習方法です。地域の活性化や企業課題の解決など、実践的なテーマを設定し、生徒自身が主体的に取り組むことを目的としています。前述のチュートリアル型PBLと比較すると、より実践的な経験を積むことができるというメリットがあります。しかし、民間企業や自治体との連携が必要なことや、授業準備が大変なというデメリットがあります。
SBLとの違いは主体性や探究心
SBLとは、「Subject Based Learning」の略称で、日本語では「科目進行型学習」や「知識習得型学習」などと訳されます。教師が教科書に沿って授業を進めていく学習スタイルのことを指します。
従来の授業スタイルであり、生徒は教師の説明を聞き、板書をノートに写し、教科書を使って問題を解くことで知識を習得していきます。
SBL型授業は、従来から行われている授業スタイルであり、知識の習得に効果的な面があります。しかし、生徒の主体性や探究心を育む面では課題があります。
大学でのPBLの実践例
大学教育においてもPBLや探究型の授業が注目されています。2022年度から高校で探究学習が必須化されたことを受け、大学でも「探究力」の育成は重要な課題となっています。以下に大学におけるPBL型授業の実践例をいくつかご紹介します。
和歌山大学
和歌山大学は、「和歌山大学行動宣言」に基づき、学生が社会で活躍するために必要な「実践力」を育むことに力を入れています。そのために、PBLとコーオプ型インターンシップという2つの実践的な学習プログラムを推進しています。
主な実践例
- 観光資源と顧客ニーズを調査し旅行プランを企画・提案する
- 大河ドラマの舞台で商品を企画し地域・企業のリアルな課題解決に取り組む
- 企業取材・魅力発信プログラム「企業プロモーション」
- 日本の伝統文化「醤油」を外国人観光客に発信
- 外国人観光客にも快適な旅館ライフを提案
PBLでは、学生が企業や地域と連携して、実際の課題解決に取り組みます。コーオプ型インターンシップでは、学生が企業や地域でインターンシップを行い、実践的な経験を積みます。
産業能率大学
産業能率大学のPBL型学習は、学生が企業や地域と連携して、実際の課題解決に取り組む学習プログラムです。
主な実践例
- ライブイベントをゼロからプロデュースして音楽・イベントビジネスを学ぶ
- プロ野球のファーム公式戦を企画・プロモーションしてスポーツビジネスを学ぶ
- 食品メーカーの新商品をプロデュースしてブランディングやマーケティングを学ぶ
- 日刊スポーツ新聞社との共催イベントを開催しイベントのマネジメントを学ぶ
「答えのない現実社会の課題に対し、経営の学びを駆使して挑む」として、様々なPBL型授業を展開しています。
神奈川大学
神奈川大学法学部では、PBL型学習を通して、学生が授業で習得した法学の知識を実際の社会問題に適用し、問題解決能力、コミュニケーション能力、プレゼンテーション能力などを身につけることを目指しています。
主な実践例
- 国際的な問題を英語の資料や映像を使いながら学ぶ
- 神奈川県内の自治体の現役職員が地域の施策を講義
- 神奈川県警OBを招き警察官の実務を講義
- ビジネスの実務家がビジネス法務の具体的事例を講義
- 法律学において基本的な裁判例を題材にとった問題演習
実務経験のある講師を招くことで、実際の現場から提示された課題や問題点を活発にディスカッションできます。
PBLのメリットや効果
PBL教育は、従来の授業とは異なり、生徒が受動的に知識を詰め込むのではなく、能動的に学習することで、様々なメリットを得ることができます。
それぞれ順に解説します。
主体性や探究心を育み自主的な学習につながる
生徒自身が主体的に学習を進めていくため、主体性や自主性が育まれます。課題設定から解決策の実行、発表まで、全てを自分主導で行うことで、学習に対する責任感や積極性が養われます。また、課題解決には様々な情報収集や資料作成が必要となるため、情報収集能力や資料作成能力も向上します。
さらに、PBL教育は生徒自身の興味・関心に沿った課題に取り組むため、探究心や向上心も育まれます。課題解決を通して新たな発見や学びを得ることで、自発的に学習に取り組む姿勢が身につきます。
モチベーションや学習意欲が向上する
生徒自身が興味・関心のある課題に取り組むため、従来の授業よりもモチベーションや学習意欲が向上します。自ら課題を見つけ、解決に向けて努力することで、達成感や充実感を得ることができます。
また、PBL教育は生徒自身が主体的に学習を進めるため、学習への関心も高まります。自ら学びたいという気持ちが生まれ、学習意欲が向上することで、より深い学びへと繋がります。
知識が定着し深い理解につながる
生徒自身が課題解決に必要な知識を自ら調べたり、試行錯誤したりすることで、知識を深く理解することができます。教科書や先生が一方的に教えるのではなく、自ら主体的に学び、解決策を見つける過程で、知識がより深く脳に刻み込まれます。
単に暗記するだけでなく、実際に課題解決に役立てることで、知識をより実践的なものとして捉えることができ、長期的な記憶定着にも繋がります。
問題解決能力や思考力を向上させる
答えのない課題に取り組むため、論理的に思考したり、様々な角度から問題を検討したりする力が養われます。課題解決に向けて仮説を立て、検証し、必要に応じて修正していく過程で、論理的思考力や批判的思考力が自然と身につきます。
また、課題解決には様々な方法が存在するため、創造性や柔軟性を働かせながら、最適な解決策を見つける能力も向上します。
協調性やコミュニケーション能力を向上させ社会性を育む
グループで課題に取り組むことで、協調性やコミュニケーション能力も向上します。異なる意見を持つ仲間と協力し、課題解決に向けて議論したり、情報共有したりすることで、互いを尊重し、協力することの大切さを学びます。
PBL教育を通して培われた協調性やコミュニケーション能力は、社会に出てからも様々な場面で役立つスキルとなります。
社会で役立つ実践的なスキルをが身につく
問題解決能力、思考力、主体性、協調性、コミュニケーション能力は、社会に出てからも様々な場面で役立つスキルです。これらのスキルは、仕事や日常生活において、課題を解決したり、目標を達成したりするために必要不可欠なものです。
高度化・複雑化する現代社会の中で、将来、世界で活躍できる人材を育成できると期待されています。
PBLのデメリットや課題
PBL教育は、多くのメリットを持つ一方で、いくつかのデメリットも存在します。これらのデメリットを理解した上で、効果的に導入することが大切です。
それぞれ順に解説します。
教員の指導力が必要
PBL教育を効果的に実施するためには、生徒を適切に導くための教員の指導力が必要です。教員は、生徒が主体的に学習できるように、課題設定、情報収集、情報分析、解決策の実行・検証、まとめ・表現など、各段階において適切なサポートを行う必要があります。
しかし、PBL教育に慣れない教員の場合、十分にサポートをしきれない可能性があります。そのため、PBL教育を導入する際には、教員向けの研修やサポート体制の整備が必要となります。
すべての生徒に効果があるわけではない
PBL教育は、すべての生徒に効果があるわけではありません。中には、主体的に学習することが苦手な生徒や、協調や協働が苦手な生徒もいるため、PBL教育の効果が十分に得られない可能性があります。
また、PBL教育は、生徒自身の興味・関心に沿った課題に取り組むことが重要です。しかし、すべての生徒が自主的に自分の興味・関心を見つけられるわけではありません。
時間とコストがかかる
PBL教育は、従来の授業よりも時間がかかる傾向があります。生徒が課題を見つけ、解決に向けて試行錯誤する過程には、多くの時間を要します。また、情報収集や資料作成、発表準備などにも時間がかかります。
さらに、PBL教育を行うためには、教材や設備などのコストも必要となります。例えば、グループワークのためのスペースや、情報収集のためのIT機器などが必要となります。
評価が難しい
PBL教育では、生徒の知識だけでなく、問題解決能力、思考力、主体性、協調性など、様々な能力を評価する必要があります。しかし、これらの能力を客観的に評価することは簡単ではありません。
そのため、PBL教育では、ポートフォリオやルーブリックなど、様々な評価方法を組み合わせることが重要となります。
教科書やカリキュラムとの整合性が難しい
PBL教育は、生徒自身が主体的に学習を進めるため、従来の教科書やカリキュラムとの整合性が難しい場合があります。そのため、PBL教育を導入する際には、教科書やカリキュラムの見直しが必要となる場合があります。
また、PBL教育は、他の教科や科目との連携も必要不可欠です。そのため、学校全体でPBL教育を推進する体制を整備する必要があります。
PBL型授業の基本的な進め方は5つ
実際の教育現場で、PBL型授業はどのように進められるのでしょうか。ここでは基本的な5つの流れを解説します。
それぞれ順に解説します。
探求する課題を見つける
日常生活や社会の中で、生徒自身が解決したいと思う課題を見つけます。自分の興味・関心に沿ったテーマや、実際に社会が抱えている課題から選ぶことが大切です。課題を選ぶ際には、解決できる可能性があるかどうかも考慮する必要があります。
課題についての情報を集める
課題解決に必要な情報を集めます。書籍やインターネット、インタビュー、アンケート調査など、様々な方法で情報を収集することができます。集めた情報は、ノートや資料などに整理しましょう。
情報を整理して分析する
集めた情報を整理し、比較・分析することで、課題解決に必要な知識を得ます。グラフや表などを活用して、情報を分かりやすく整理することが大切です。分析結果に基づいて、解決策の方向性を導き出します。
解決策を実行して検証する
導き出した解決策を実行し、その結果を検証します。計画を立てて実行に移し、実際に課題が解決できたかどうかを確認します。検証結果に基づいて、解決策を改善したり、新たな解決策を検討したりします。
これまでの取り組みをまとめて表現する
これまでの探求を通して得た学びや気づきを、文章や発表などを通して表現します。誰に何を伝えるのかを意識し、分かりやすく効果的に表現することが大切です。
まとめ
PBLとはアクティブ・ラーニングの一種で実践的な学習方法だとわかりました。文部科学省が中心となって、世界で活躍できる人材を育成するため、現在、様々な取り組みが行われています。また近年、就職前の学生を預かる大学では、社会に出てすぐに役立つ実践的なPBL型授業を強化しています。
PBLには生徒の主体性や自主性を育んだり、やる気を向上させたり、多くのメリットがあります。一方で、現実の教育現場では、教員やコストなどの課題が数多く存在するのも事実です。今後、PBLがより発展していくためには、官民一体となった取り組みが必要となるでしょう。