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世界初!武蔵野大学に開設されたウェルビーイング学部の前野隆司教授にウェルビーイングとは何かを教えてもらいました

世界初!武蔵野大学に開設されたウェルビーイング学部の前野隆史教授にウェルビーイングとは何かを教えてもらいました

心身ともに健康な状態で、幸せにいきいきと暮らす社会———近年世界的に注目を集めているのが、ウェルビーイング(Well-being)の概念です。貧困や環境問題の解決、ジェンダー格差の解消や多様性の尊重など、SDGs(持続可能な開発目標)の17の目標とも深く関わっており、小学校や中学校・高校でもウェルビーイングについて学ぶ機会が増えつつあります。

日本はこれまで経済の繁栄や豊かな生活を追い求め、世界に類を見ない高度経済成長を遂げてきました。しかしこれからを生きる人々が求めているのは、心の豊かさや人生の充実感ではないでしょうか。

今回はウェルビーイング研究の第一人者であり武蔵野大学ウェルビーイング学部の初代学部長の前野隆司教授に、大学教育でのウェルビーイングの学びや、子どもが幸せに生きるためのウェルビーイング教育についてお話を伺いました。

Profile

武蔵野大学ウェルビーイング学部長
前野 隆司(まえの たかし)

慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授

1962年生まれ。山口県出身。1986年東京工業大学理工学研究科機械工学専攻修士課程修了。キヤノン株式会社生産技術研究所、カリフォルニア大学バークレー校機械工学科 Visiting Industrial Fellow、慶應義塾大学理工学部機械工学科専任講師、助教授、ハーバード大学応用科学・工学部門 Visiting Professorを経て2006年慶應義塾大学理工学部機械工学科教授。2008年より慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授。2017年〜2024年3月慶應義塾大学ウェルビーイングリサーチセンター長兼任。2024年4月より武蔵野大学ウェルビーイング学部長兼任。

著書に「幸せのメカニズム 実践・幸福学入門」(講談社現代新書)「ウェルビーイング」(前野マドカとの共著・日経文庫)「幸せな職場の経営学」(小学館)「実践ポジティブ心理学 幸せのサイエンス」(PHP新書)など多数。

武蔵野大学ウェルビーイング学部
前野隆司教授のホームページ

目次

世界初のウェルビーイング学部が武蔵野大学に開設

– ウェルビーイング研究の第一人者である前野先生から、まずはウェルビーイングとは何かを説明いただけますか

ウェルビーイングとは、読んで字のごとく「よい状態」ですね。体と心と社会がよい状態であること。ですからウェルビーイング(Well-being)を和訳すると、「健康」「幸せ」「福祉」この3つですね。「体のよい状態」「心のよい状態」「社会のよい状態」をつくるための活動、この3つを含む良好な状態。わかりやすくいえば「幸せである」「健康である」と言ってもいいと思います。

前野先生が行っている研究について教えてください

私はもともと機械工学を専門とする研究者でしたが、人間がどのように生きれば幸せになるかということに関心を持っていました。そこで幸福に関するさまざまな研究を集めて幸せのメカニズムを体系化しました。さらに因子分析という分析手法によって、持続的な幸せに必要な4つの因子を見いだしました。それが「幸せの4つの因子」です。

第1の因子は「やってみようの因子」。これは自己実現と成長の因子です。夢や目標を持つこと、そして実現のために努力し成長するということです。第2の因子は「ありがとう因子」。これはつながりと感謝の因子です。さまざまなことに感謝すること、そして人とのつながりを大切にして、人のために尽くせることです。第3の因子は「なんとかなる因子」。これは前向きと楽観の因子で、細かいことにこだわらず楽観的にポジティブに生きるということです。第4の因子は「ありのままに因子」。独立と自分らしさの因子です。ありのままの自分を認め、自分のペースを大切に生きるということです。

この4つの因子を持つことが、自分自身を幸せにするというだけでなく周囲の人々やコミュニティ、社会全体を幸せにしていくために必要不可欠なのです。

– 2024年春より武蔵野大学ウェルビーイング学部の初代学部長に就任されました。同学部の開設は世界初とのことですね。

武蔵野大学は浄土真宗本願寺派の大学で、仏教の根本精神である四弘誓願(しぐぜいがん・ほとけのねがい)を基礎とする人格教育を行っています。2024年に創立100周年を迎え、大学の理念を具現化するためのブランドステートメントとして「世界の幸せをカタチにする。」という宣言をしているんですね。その想いをより具現化する形でウェルビーイング学部を設立しました。自分の幸せについて考えること、それから世界を幸せな場所にするために製品やサービスや街づくりや組織づくり、教育づくりなどを実践できる、ウェルビーイングの専門家を育てるための学科です。

産業革命以来、私たちは経済成長こそが素晴らしいという考えのもと発展してきました。しかしその結果、戦争や貧困、環境問題などさまざまな社会問題が生まれています。私は以前から「私たちは産業革命以来の大きなパラダイムを、人々のウェルビーイングを創るパラダイムに転換すべきではないか」と思っていました。そんな折に武蔵野大学の西本照真学長より「創立100周年にあたって幸せの学部を創りたい」という想いを伺い、意気投合してウェルビーイング学部を設立しようということになったのです。

– ウェルビーイング学部ではどのような授業が行われていますか

学部の学びは大きく4つに分かれています。1つはウェルビーイングについての科学的な研究結果、心理学を中心とした「どんな人が幸せなのか」というサイエンスですね。これを徹底的に4年間かけて教えます。2つ目は、仏教系の大学ですので、哲学や仏教の学びですね。「すべての生きとし生けるものが幸せでありますように」というのがブッダの願いですから、そういう広く長い歴史の中でのウェルビーイングの考え方を教えます。

3つ目は、幸せを実感する学びです。ウェルビーイングの知識を身につけるだけでなく、「ああ、本当に幸せだなあ」「感謝をすると幸せな気持ちになるなあ」「人の役に立つことをすると幸せだなあ」といった感覚を実践的に学ぶ。自分の心の中を掘り下げたり、あるいは自然の中の一部である人類とは何かを考える。たとえば畑や森で活動する、地域社会や企業での実践的な活動を通して感性を磨く学びです。

4つ目はイノベーションですね。ウェルビーイングの世界を作るためには、新しいアイデアを出し、それを実際のビジネスモデルにして実践していくということが必要です。ゼロから新しいものを作る方法論を実践的に学び、3・4年生の卒論などでその実践結果を提案するという学びです。ウェルビーイング学部は、この4つの学びを重視したカリキュラムを構成しています。

-大学の学びを通してどのような人材を育てることが目標ですか

ウェルビーイングの専門家ですね。人々を幸せにする製品、サービス、職場づくり、街づくり、教育づくりをするためには、ウェルビーイングの専門的な知識を持った人材が不可欠です。化学の専門家がケミカルの分野で役立つ、医学の専門家なら医師や医学の研究で役立つというように、ウェルビーイングの専門を持つ人材がこれからの社会で役立つ場面は多いと思います。企業の人事や開発部門をはじめ、ウェルビーイングに関わる仕事は幅広いです。あるいはウェルビーイングの研究者として大学院に進学することもあるでしょう。いろいろな形でウェルビーイングの専門家を育てていきたいと思います。

ウェルビーイングで変わる!?子どもの教育の未来

– 教育界でもウェルビーイングが注目されています。その背景を教えてください

教育改革により、教育現場では新しい学習指導要領で示された「主体的・対話的で深い学び」の実現に向けたさまざまな取り組みが行われています。この「主体的・対話的で深い学び」について考えてみましょう。まず「主体性の高い人」というのは、幸せといえますね。また「対話を重ねて人とコミュニケーションを取れる人」も幸せです。そのように考えると、現在の教育改革の「主体的・対話的で深い学び」にある探究学習やグループワークは、それ自体がウェルビーイング教育であると考えられます。

そして2023年6月、次の教育改革のために教育振興基本計画が閣議決定されたのですが、そこではまさに「日本発・日本社会に根差したウェルビーイングの向上」がコンセプトに掲げられているのです。ですから教育委員会の方々も、これからの教育にウェルビーイングが重要であるという認識になっているかと思います。私自身も、取材や質問を受ける機会が増えました。そのようなわけで、現在の教育改革はもちろんのこと、次の2030年からの教育改革でさらにウェルビーイングに舵を切っていくことになるでしょう。教育にとってウェルビーイングが非常に重要なキーワードとなることは間違いないと思います。

– 教育現場でのウェルビーイングの取り組みについて教えてください

私は「99%の小学生は気づいていない!?ウェルビーイングの魔法」(Z会)という本を監修したのですが、そこにウェルビーイングを実践するいろいろな先生の事例が出ています。「感謝をする」とか「あいさつをする」とか、幸せの4つの因子を使った教育の実践例ですとかですね。あるいはタル・ベン・シャハー博士が提唱するウェルビーイングの分類(SPIREモデル)を使った事例ですとか……ウェルビーイング学を小学校教育に活かしたという事例ですね。その本の共著者である中島晴美先生が書かれた「ウェルビーイングな学校をつくる(子どもが毎日行きたい、先生が働きたいと思える学校へ)」(教育開発研究所)という本にも事例が出ています。

最近では小学生や中学生・高校生向けのわかりやすいウェルビーイングの本が出始めています。私の妻(前野マドカさん)も「きみだけの幸せってなんだろう?」(WAVE出版)という子ども向けのウェルビーイングの本を出しています。私も「幸せな大人になれますか」(小学館Youth Books)という高校生向けの本を出版しました。そういった本を読んでいただくと、いろんな事例や考え方がわかると思います。

保護者が家庭で取り組めるウェルビーイングはありますか?

私は「幸せ応援シート」というシートを作って、子どもたちや保護者、先生などいろいろな人たちに取り組んでもらったのですが、これがとても好評でした。これは四つ葉のクローバーのイラストの中に「夢や目標は?」「感謝していることは?」「なんとかなるとがんばっていることは?」「自分らしく個性をいかしてやっていることは?」と質問が書かれているんですね。この4つの質問について、親子がそれぞれ自分で考えた答えを書くんです。それを周りのみんなが応援するというものです。これを家族みんなで取り組むと、「幸せとは何か」を理解できるんですね。「ああ、幸せの4つの因子が大事なんだなあ」と。そして親も子も、お互いが何をめざして頑張っているのか共有することができます。そしてみんなで応援し合うことで、幸せな気持ちになります。これはご家庭で簡単にやってみることができる、おすすめなワークだと思います。ぜひ実践してみてください。

子どもにウェルビーイングについて教えるときに大事なことはありますか

子どもにいきなり「ウェルビーイング」と言ってもわからないと思います。でも「幸せに暮らすには、いきいき、わくわくしていることが大事だよ。友達と仲よくすることだとかが大事だよ。ポジティブであることが大事ですよ」と、簡単な言葉で言えばわかりますね。私が提唱した「幸せの4つの因子」を、子どもが分かるようにかみ砕いて「やる気があるのは幸せだよ」「ありがとう、って感謝すると幸せだよ」「なんとかなる、とチャレンジすると幸せだね」「ありのままに個性を活かすと幸せだよ」というように伝えるのもいいでしょう。これは小学校1年生、2年生でも通じる言葉ですので、なるべく平易な言葉で伝えていけば、子どもたちは理解すると思います。

先生が今後取り組みたいことを教えてください

私は教育研究者として、「今の大学教育にウェルビーイングを取り入れたい」と武蔵野大学ウェルビーイング学部の設立に関わりました。今後は大学教育だけでなく、初等教育から社会人教育まで、あらゆる教育にウェルビーイングの知識を広めたいと思っています。たとえば健康に関する知識と同じように、幸せについての知識を多くの人々、大人も子どもも身につけることが必要だと思うんですね。そのためにいろいろな活動をしていこうと思っています。できれば日本中の大学にウェルビーイング学部ができたり、小中高の教育にウェルビーイングが取り入れられるといいですね。

それから世界との連携ですね。たとえば日本の東洋思想の素晴らしい面を世界に伝えていきたいと思います。先ほどもお話ししましたが、仏教の「世界の生きとし生けるものが幸せにありますように」という願い。この教えが世界中に浸透すれば、戦争もなくなって環境問題も解決して、よりよい地球になっていくはずなんですね。ですからこの戦争とか環境破壊とか貧困とか、さまざまな問題がある世の中だからこそ、ウェルビーイングの教育やリテラシーを世界中に広めたい。とくに日本の「すべての人の幸せを願う」という思想を世界に広めていくことが急務だと思うので、そのためにできることを実践していきたいと思っています。

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